株式会社旅工房の代表取締役会長兼社長である高山泰仁の成功の軌跡を紹介

高山泰仁の生い立ち

高山泰仁は1969年生まれです。女手一つで育てられて、いわゆるカギっ子でした。あまり裕福な家庭に生まれたわけではないため、いろいろなアルバイトをこなしていました。ビル掃除から引越し、喫茶店、蛍光灯拭きなどの経験があります。成長してから専門学校へ進学することを決意して、旅行業の学校に入りました。そして、20歳で卒業してから旅行会社に就職したのです。このときからすでに将来は旅行会社を作ることを前提としていました。旅行会社では手配課に配属されていたのですが、企画や財務、営業などできるだけいろいろな部署の人と仲良くなるようにしました。会社を経営することを常に意識してサラリーマン時代を過ごしていたのです。

旅工房が成功するまで

高山泰仁のいた会社は親会社が変わったため役員がやめました。それをきっかけとしてスタートアップで入社したのが旅工房です。しかし、それは失敗に終わり、赤字続きの状態になっていたときに高山泰仁が会社を買い取りました。そして、26歳の若さで旅工房の社長に就任したのです。初期の頃は経営がそれほど順調に進みませんでした。格安航空券をネットで販売することから始めたのですが、赤字を黒字にするまでに5年かかったそうです。軌道に乗り始めるきっかけとなったのは、2001年の同時多発テロと2003年のSARSのときです。2001年に同業者が縮小を進めていくなかで会社を移転させて積極的に事業を拡大させました。そして、2003年には格安航空券の販売をやめてツアー販売に移行していき、これが成功したのです。そのツアー販売についても、安いものではなく付加価値の高いものを販売することに切り替えています。このように高山泰仁はピンチが訪れても臨機応変に対応して、危機的状況をチャンスに変えることに成功してきました。

これからの高山泰仁

高山泰仁の旅工房は資本金4億2,652万6千円(2018年3月期)、売上高連結242億(2018年3月期)、従業員数321人(2018年3月期)の企業です。高山泰仁が中心となって会社が発展していきました。高山泰仁は会社の社会的な責任を真剣に考えていて、東日本大震災のときにはすぐに義援金を出し、高卒の採用を積極的に行うなど社会に貢献することを目指しています。2017年には上場を決めました。これから100年や200年と続いていく会社にしていこうと考えたからです。今後も高山泰仁を中心として旅工房は社会貢献のできる会社として成長していくでしょう。