国内ヘルスケアを率先するFiNC株式会社創業者、溝口勇児の仕事哲学

溝口勇児の生い立ち

溝口勇児は1984年に生まれました。埼玉県立朝霧西高校に入学した溝口勇児は、高校在学中の17歳の時にトレーナーとしての活動を開始。2003年に高校を卒業したのち、業界中堅のスポーツクラブに入社し、2008年には会社の経営を任されるように。そして2012年は自らFiNC株式会社を立ち上げ、およそ50億円の資金調達に成功するなど業績拡大を成し遂げました。2020年に代表取締役を退任し、現在は非常勤取締役として株式会社FiNCを陰から支え続けています。

溝口勇児がここまでFiNC率いることができた理由とは

現在の勤勉そうな姿を見ていると面影が全くないのですが、実は高校時代はかなり素行が悪く、近所の不良が3人がかりで学校に押しかけてくるほどだったそう。溝口勇児はそんな過去や、自分の能力を客観的に見て、大きなビジョンを実現すると周りに公言し始めることに。こうすることで逃げ道を無くし、自分を追い詰めながら必死に働いたそうです。その結果、溝口勇児に期待を寄せる人間が増え始め、溝口勇児自身はその期待に応えるべくただひたすら努力を重ねました。最終的には「やるしかない!」という志が固まり、FiNCをここまで大きくすることができたのです。この方法はFiNCの業績を拡大させただけでなく、ベンチャー企業にとって大切な「優秀な仲間」を多く獲得することにも繋がりました。溝口勇児の中で連鎖的に固まっていった強い意志が相手の心に響き、優秀な仲間が共感して溝口勇児に期待を寄せ、大きなリスクを背負うことのできる強いチームが完成する。こうしたサイクルで、現在FiNC株式会社では多くの有名企業の役員が業務に携わっています。

ヘルスケア版フェイスブックに!株式会社FiNCのこれからの成長

溝口勇児は「どんな人でも質が良く、それぞれに合ったフィットネスを受けられ、誰もが容易に健康を手に入れらえるような社会にしたい」というビジョンを掲げて、オンラインのフィットネスサービスを始めました。現在FiNCは国内のフィットネスサービスでは業界1位のシェア率を獲得していますが、今後は「ヘルスケアのプラットフォーム」を作るべく、さらにサービス強化に力を入れていくそう。世界中のどの企業も未達成の予防ヘルスケア×テクノロジーの領域に足を踏み入れ、行く行くはフィットネス版フェイスブックのような存在を目指しています。